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08.3.20 口元の作り方1「歌うように」


口元の作り方

非常に重要な事なのですが、なかなか言葉で完全に表現するのは難し事です。

実際に個人レッスンを受けに来てくれる人に、同じ事を言っても伝わり方はまちまちです。
さっきの人には「もっと唇の力を抜いて」と言っていたのに、今度の人には「もっと引き締めて」と言わなければなりません。
人間は力を数値で示して「50の力で」などと言えません。
都山流が出現して「横一文字に口を引き締める」という事が広まった時には「口を締めすぎる」「もっと力を抜いて」という指導法がはやりました。
これは「力を入れすぎている人が大多数である」事を前提に成り立っていました。
最近は逆に「力を入れない」が普通になっているようです。
力を抜きすぎ(最初から入れていない)ので、「力を抜いて」という言い方は通じない場合が多くなっています。
逆に「口を一文字に引き締めて」といった方が上手く行く人が増えているぐらいです。(だからといって引き締めようと単純に思わないで下さい、人それぞれですので)

ここで「尺八を吹く」という、口だけを使って「ならす」というイメージから一旦離れて頂き、身体をどう使っているかという全体的なイメージから入ってみたいと思います。

どの程度の体力を使うか?
多分大きな声で歌うよりも体力を使います。
それは息の量について、尺八は声よりも効率が悪いので、その分息を沢山吸い込み、はき出さなければならない事に起因しています。
息の出る量は大きな声よりも多いという事です(声と同等のイメージで音を出した場合なのですが・・・)
出来ればここで、歌う時のような(怒鳴り声とか、だみ声ではなく喉を広げて良い声で)気持ちで、なるべく大きな声を出して下さい。
その時と同じような気持ちで、手のひらに息を「ふーっ」と吹きかけて下さい。
多分、テーブルの上に置いたティッシュを1.5メートルほど離れた所から動かすほどの息の力でしょう。
つまり、この程度の息の量をはき出す必要があります。

「予想以上に沢山使うんだな」と思われた方も少なくないのではないかと思います。
最初から尺八を口に当てて「鳴らそう」としてきた人は、こんなに息を吐き出しても鳴らないので、どうしても弱い息で鳴らしてしまいます。(もちろん最初からうまく行っている人はべつです)
一旦そうなってしまうと、後で沢山息を出す事が出来なくなります。
つまり、「沢山息を出すと鳴らない」という経験を積んでしまうので、身体が息を出さないようにコントロールしてしまいます。

上達出来ない大きな原因のひとつに「環境」があります。
この文章を読みながら大きな声を実際に出せた人は良い環境をお持ちですね。
多くの人は周りを気にしながら、「大きな声を出したつもり」で読まれている事でしょう。
練習は食卓などに楽譜を置き、椅子に腰掛けて、管尻(尺八の舌の根の部分)をテーブルの下に入れ込んで背を丸めて小さな、蚊の泣くような音で、手の練習だけしていませんか?
教室や師匠の所に行っても「音はそのうち出てきますから、手だけ先に練習しましょう」などと、そこでも大きな音を出す練習は出来ません。

大学生がサークルで一年もするとほとんど何でも吹けるようになっているのは、気兼ねなく どころか、先輩の命令で、否応なしに練習させられるという「環境」があります。

皆さんも、カラオケボックス等を利用して何とか大きな声を出す場所を確保して下さい。

大きな声を出すという訓練は息を沢山吸い込み、喉を広げて口を整えて、実は顎の位置まで尺八にとって都合の良い状態に出来ます。

といっても、怒鳴り声とか、普段のままの声ではなくベルカントという、オペラ歌手のような歌い方です。
つい最近「わたしの〜〜おはかのま〜〜えで〜」という歌がはやりました。あの人のようなイメージですね。

まず、あのように大きな声を出そうと意識しただけで、沢山の息を自然に吸い込みます。
そして良い声を出そうと意識すると、喉を広げて口の中も広げます。

試しに「わたしの〜〜」と本気で歌ってみて下さい。
最初が「わ」で有る事を意識してくださいね。
「わ」ですから、舌を出したりしませんね。
「わ」という音は唇を閉じた状態からではなく、開けた状態から限りなく上下近づけます。
歯は唇で隠した状態です。

実は面白い実験的体験談があります。
高校の音楽の先生を対象にした「首振り三年を3分で」という講習会です。
三分間で音を出せるように出来る自信があったのでやった事ですが、ここで書いたような事を、私が実際に声を出して先生方に真似てもらいます。
(実際に目で見て真似出来るという所が、この文章を読んでいる皆さんとは違う所です。)
すぐに皆さん真似出来ました。
真似出来ている人に私が尺八を持って口に当ててあげます。
ほとんどの方は音が出ます、それもかなり大きな音で。
確実にいい音が出ている人には、そのまま楽器を渡して、穴を塞ぐ練習などをしてもらいます。

その中でずば抜けていい音を出していたのが声楽が専門の先生でした。
意外と最後まで苦労したのがフルートとクラリネットを専門とする先生でした。

声楽科の先生は私がやっている事はベルカントだとすぐにわかりますから、私以上にすばらしい声を出します。「経験者ですか?」と思わず聞いてしまったほどいい音でした。その先生は、すぐに指穴を開け閉めして、音階を感じ取り、五音階の曲を吹いていました。

所が最初から音は出ていましたが、あまりいい音が出せず悔しい思いをしていたのが、管楽器の先生達です。
口先は結構器用で音は出すのですが、口の中の構造がそれぞれの楽器用になっているので、声楽の先生のような「いやー、いい音ですね」と言われるほどの音にはなかなかならないのです。

ここに大きなヒントが隠されています。
似たような楽器だからといってフルートやリード楽器の演奏法がそのまま応用出来るとは限らないという事です。
どこかに、その楽器に特化された方法が隠されていて、それが尺八にとって非常に都合の悪い事も含まれているからです。
それよりも人間の基本機能である「声を出す」事の方が、尺八へのアプローチとしては早道だという事なんです。
実は、全ての管楽器に通じる事のようで、最終的には「歌うように演奏する」ということが基本のようです。

私の感覚としても声と尺八の音を置き換えて、体中で表現しています。
最低音から最高音まで連続してならした場合、声を順番に高くしてゆくように、のど仏が下から上に移動します。
口の中も、低くて柔らかい音の場合には、極力喉も口の中も広くしようとしています。
逆に同じようなイメージの音でも、高い音では舌の位置が若干異なっています。
これは声を出すのとほとんど同じような動きをしています。

CD「遠TONE音」の一曲目「潮騒」をお聞き下さい。
広い海に向かって「いやー、気持ちが良いなー」という自分をイメージしています。
海に向かって「おーい」とでも言うようなかんじです。
部屋の中で小さな声で話をするのではなく、「来て良かったねー」などと同伴者に声をかけるにしても、かなり大きな声です。

歌は「嬉しそうな声」「悲しげな声」「祈るような声」「負けないぞー」と言うような声など、顔を見なくてもわかるような声を出します。
その声を出そうとすると、息の吸い方も顔つきも身体の雰囲気もその「表現しようと言う意思」によって変化します。

尺八もこのように、どんな音を出そうとしているのか?「こんな音を出そう」という意思が先になければなりません。

実はその「意思」が横隔膜を動かし、声帯を動かし、唇等全てを動かすのです。
その意思なしに「横隔膜を動かす訓練」や「声帯を締める訓練」等しても、全く関係のない筋肉トレーニングにしかなりません。
お腹を前に突き出したり引っ込めたりしても、息を吸ったり吐いたりしようという意思がなければ、空気の出入りは有りません。
たまに、お腹をへこました時に息を吸い込み、つきだして吐き出す人まで居ますが、「意思」が無ければ、そのように無関係な訓練まで出来てしまいます。

ここで、私のこれまでの訓練方法を紹介します。
私は尺八を持った時から音を出せました。
その前に何をしていたか?
これは今でも効果的なのではないかと思っています。
参考になったのは二つの事です。
ひとつはナルシソイエペスという、10弦ギターなどで、有名な人ですので知っている方も多いと思います。
彼の紹介記事か何かを読んだ時に次のような事が書かれていました。
「私は統計だった基礎的な訓練はしてこなかった、好きな曲を完璧に弾きこなそうとした、その結果、出来ない所が有ればどうしたら良いのか、その研究をした。
そう出来たのもどうしてもその曲を弾きたかったからだ。結果その一曲で全ての基本を学んだ事になった」というような事でした。
もう一つ、弟がやっていたスキーからの影響です。
北海道出身なので私もスキーぐらいはやりますが、弟は競技スキーをやっていました。彼らは回転競技の前に目を閉じ、回転ポールを自分がくぐり抜けてゆく様を、想像し、手を顔の前で、くねくねとさせています。
イメージトレーニングという手法です。
何度もそのポールをくぐり抜けたのと同じように次々に身体が反応するように、訓練するのです。

尺八の前にギターをやろうと、教則本を買ってきましたが、基礎から順にこなすだけでも気の遠くなるような道のりに感じました。
「別にプロになるつもりではないのに」・・・・そうおもいました。

尺八に興味を持ち山本邦山の「五線譜による教則」を買いましたが、これも、終わりの方に出来そうもない基礎訓練の音符の羅列があり、無理だと思っていました。

でも、ナルシソイエペスの言葉に「ぱちん」とひらめきました。
「プロだからといって、みんな同じ道を歩んでいるわけではないんだ」
そして、弟のおかしな踊り・・のようなイメージトレーニングは「良く聞けば良いんだ」「自分がプロの演奏者になったような気持ちになれれば良いんだ」と思いました。
そのあたりから聴き方が変わっていました。
大好きだった山本邦山のレコード(ジャズから古典までいろいろでした)の聴き方が変わりました。
その気になろう、演奏者と同じになろう、そう思うと、息の吸い方まで真似したくなるのです。
息の音を聞くとその人がどんな状態であるかがわかります。
誰にも教わることなく、口の中や、喉の状態がそのかすかな息の音でわかります。
その息の吸う早さやタイミング、吸っている長さ、様々な情報から、自分が一体となって行くのがわかります。
これは、おそらく、生まれた赤ん坊が、親の話し声を聞くウチに、誰にも教えてもらうことなく、話せるようになるという、人間の基本機能を使った訓練だろうと思います。

その時から私には高性能の再生装置とヘッドフォンが欠かせなくなりました。
今は再生装置はその当時に比べると比較にならないほどの高性能です。
後はヘッドフォンの良い物を手に入れましょう。
その前に演奏してみたいという曲を見つけましょう。
見つからなければ是非私のCDを聞いてください。
今後、この演奏について種明かしをしてゆきたいので、是非聞いて頂けると嬉しいです。




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